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【プレスリリース】全ファイバ型での機構共有型デュアルコムファイバレーザーを開発 ~ 高性能・堅牢・小型な分光装置の実用化に期待 ~
東邦大学理学部の中嶋善晶講師と同大学大学院理学研究科の湯本拓実大学院生、徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所の安井武史教授らのグループは、堅牢で小型な全ファイバ型の機構共有型デュアルコムファイバレーザーの開発に成功しました。この新しいレーザーは、実用的な分光装置の光源としての活用や、ガス計測、センシングなどの分野での使用が期待されます。
本研究成果は、2023年8月15日にアメリカ光学会(Optica)の「Optics Continuum」にてオンライン公開されました。
◆ 発表者名
- 中嶋 善晶(東邦大学理学部物理学科 講師)
- 湯本 拓実(東邦大学大学院理学研究科物理学専攻 博士前期課程2年)
- 安井 武史(徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所 教授)
◆ 発表のポイント
- 高性能・堅牢・小型な構成で、繰り返し周波数が異なる2台の光コムを同時に発生するデュアルコムファイバレーザーの開発に成功しました。
- 実用的なデュアルコム分光装置を実現する有力な光源となることが期待されます。
- ガス計測やセンシングなど多くの分野への活用が期待されます。
◆ 発表概要
<研究の背景>
光周波数コム(光コム)は、高度なレーザー技術であり、多くの科学的・技術的分野で欠かせない光源として活躍しています(図1)。この中で特に注目されているのは、光コムを用いた高精度分光の分野です。ここでは、「デュアルコム分光法」という手法が提案されています。この手法は、繰り返し周波数(注1)が異なる2台の光コム(Comb1とComb2)を使用します。まず、Comb1に測定対象の吸収情報を記録します(図2(a))。次に、Comb2との干渉信号(インターフェログラムともよばれる(注2))から分光情報を取得することにより、非常に広帯域で高分解能かつ高速に分光情報を取得することができます(図2(b))。
<これまでの課題>
しかし、この手法には問題点がありました。2台の光コムを生成するために、2台の異なるレーザー光源が必要となります。また、この2台の光コムには高い相互コヒーレンス性(注3)と周波数安定性が求められるため、制御が難しくなっています。その結果、装置全体が大きく、複雑で、かつ高価となり、これが実用化の障壁となっていました(図3(a))。
<研究手法・成果>
そこで本研究グループは、光コムの小型・堅牢化という観点からレーザー光源の構成を見直しました。これにより、可飽和吸収体Micro-optic componentと偏波保持ファイバデバイスを使用した、小型で自由空間光学系が不要な全ファイバ型機構共有型デュアルコムファイバレーザーの開発に成功しました(図4)。この新しい方式の利点は、2台の光コムが同じ雑音を共有することにあります。これにより、外部の雑音の影響を抑えることができ、結果として非常に高い相対安定性を実現しました(図5)。さらに、この新しいデュアルコムファイバレーザーを用いて、ガス分子の吸収スペクトルの高速で高分解能な測定を実証しました(図6)。
<社会への影響>
新しく開発したデュアルコムファイバレーザーは、全ファイバ型のため小型で堅牢です。これにより、プラントなどの実際の現場でも使える分光装置の光源として期待されます。この技術の導入は、今後ますます重要性が高まる産業分野での効率や省エネを向上させる可能性があり、エネルギーの安定供給、経済効果、そして環境保全にも寄与することが期待されます。
<研究予算>
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
- JST A-STEPトライアウト「実用デュアルコム光源による光コムガス分析計の開発」(JPMJTM22B6)
- 科研費基盤A「光コムの医光融合研究に立脚した新興・再興ウイルスの超高感度・迅速検出」(22H00303)
◆ 発表内容
光周波数コム(光コム)は、モード同期レーザーから出力される周期的な超短光パルス列で(図1(a))、これらは櫛(Comb:コム)のような多数の周波数成分をもち(図1(b))、それぞれ成分の間隔は極めて一様で、10-20台と極めて高精度です。そのため、光コムは、周波数標準や高精度分光、マイクロ波発生、系外惑星探索など多岐にわたる分野において必要不可欠な光源とされています。
光コムの各周波数成分を正確に測定するには、スペクトル分解が必要です。しかし、通常の光コムの繰り返し周波数は100MHz程度であり、これを完全に分解するのは困難とされてきました。そこで、図2(a)に示すように、わずかに繰り返し周波数(frep)が異なる2台の光コムを用いた「デュアルコム分光法」が提案され、実証されています。この手法では、光コム1(Comb1)を測定対象(例えば、ガス分子)に照射することで、吸収特性を光コム1の各周波数成分に記録します。次に、光コム1の各周波数成分を分解して検出するために、光コム2(Comb2)と干渉させて、その干渉信号であるインターフェログラムを取得します(図2(b))。インターフェログラムをフーリエ変換(注4)することで、光周波数領域の信号をマイクロ波周波数領域にダウンコンバートすることができます。この信号は電気信号であるため、オシロスコープなどの電子計測器による測定が可能であり、光コム1に記録されたガス分子の吸収特性の計測が可能です。
これまでの分光システムでは、2台の光コムの発生に2台の独立したレーザー光源が必要な上に、その両方が高い相互コヒーレンス性と周波数安定性を要求されました。これにより、複雑な制御が必要とされ、装置全体として大型かつ高価になり、実用化の妨げとなっていました(図3(a))。
最近では、1台のモード同期レーザーを用いて、わずかに異なるfrepをもつ2台の光コムを同時に発生させる「デュアルコムレーザー」の研究が進展しています(図3(b))。しかしこの方法でも、光コムを発生するためにレーザー共振器に自由空間光学系が必要で、装置が複雑で小型化が難しいという問題がありました。
本研究では、可飽和吸収体Micro-optic componentと偏波保持ファイバデバイスを利用することで、自由空間光学系を不要とする全ファイバ型機構共有型デュアルコムファイバレーザーを開発しました(図4)。
図4(a)に、新しく開発したMicro-optic componentを用いたデュアルコムファイバレーザーの構成を示します。このレーザーでは、偏波保持ファイバ(PMF)、エルビウム添加光ファイバ(EDF)、可飽和吸収体ミラー(SESAM)、部分反射ミラー(PRM)で構成される線形型の共振器を2台用います。EDFは、SESAMと集光光学系、および波長分割多重カプラを含むMicro-optic componentに接続され、波長976nmの励起用レーザーダイオード(LD)によって励起されます。図4(b)には、2台のモード同期ファイバレーザーの各部品が、小さな箱の中のほぼ同じ位置に配置し固定されていることを示しています。この構成は、環境変動の影響を最小限にし、2台の光コムの相対的な安定性を高める役割を果たしています。
図5(a)には、新しく開発したデュアルコムファイバレーザーの光スペクトルを示します。両方のレーザーの中心波長は1556nm付近であり、スペクトルの幅は約7nmです。図5(b)では、Comb1、2のfrepが約46.9 MHzで、その差Δfrepが約180 Hzであることが確認できます。さらに、図5(c)、(d)から、2つのfrepが同じように変化する一方で、Δfrepは一定であり、これはレーザーの高い相対安定性を示しています。
開発したデュアルコムファイバレーザーを用いて、シアン化水素(HCN)ガスの分光実験を行いました。2台の光コムは同じガスセルを通して高速光検出器に入射され、図6(a)に示す、インターフェログラムとよばれる干渉信号が得られました。図6(b)は、図6(a)の中心付近を拡大表示したものです。この信号を解析することで、図6(c)に示すように、データ取得時間約200µsにおいて、分解能15pmでのHCNガスの分光スペクトルを取得することができました。図6(d)は、光スペクトラムアナライザを用いて取得したHCNガスの吸収の参照スペクトルです。この結果から、新しいデュアルコムファイバレーザーは、より短時間で高い分解能のガス分光を可能にしています。
新しく開発された全ファイバ型のデュアルコムファイバレーザーは、小型で堅牢なため、実際のプラントなどで使える分光装置の有力な光源となることが期待できます。この技術は、生産性の最適化や省エネ化を促進する可能性があり、結果としてエネルギー供給の安定性、経済性、そして環境の保護に貢献することが期待されます。
◆ 発表雑誌
- 雑誌名
- 「Optics Continuum」(オンライン版:2023年8月15日)
- 論文タイトル
- All-polarization-maintaining dual-comb fiber laser with mechanically shared cavity configuration and micro-optic component
- 著者
- Takumi Yumoto, Wataru Kokuyama, Shinichi Matsubara, Takeshi Yasui, and Yoshiaki Nakajima*(* 責任著者)
- DOI番号
- 10.1364/OPTCON.491419
- 論文URL
- https://doi.org/10.1364/OPTCON.491419
◆ 用語解説
光コムの間隔周波数、1秒間当たりのパルス生成回数に相当。
(注2)インターフェログラム
干渉測定において、光を2つの光路に分け、一方の光路の長さを時間的に変化させ再び結合すると、2つの光は干渉する。干渉光の強度は時間の関数の波形となり、この波形の事をインターフェログラムという。
(注3)コヒーレンス
光の干渉のしやすさを表す指標。
(注4)フーリエ変換
時間領域のデータであるインターフェログラムを、周期関数に分解して周波数領域のデータに変換する手法。
◆ 添付資料
図1 光コムの概念図
図2 デュアルコム分光法の概念図
図3 デュアルコム分光システム
図4 機構共有型デュアルコムファイバレーザー
図5 開発した機構共有型デュアルコムファイバレーザーの出力特性
(d)2つのfrepの差Δfrepの時間変化
図6 開発したデュアルコムファイバレーザーを用いたHCNの分光測定結果
以上
◆ お問い合わせ先
東邦大学理学部物理学科
講師 中嶋 善晶
〒274-8510 千葉県船橋市三山2-2-1
TEL: 047-432-1343
E-mail: yoshiaki.nakajima@sci.toho-u.ac.jp
URL: https://researchmap.jp/read0152213
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